はじめに ▶︎

【タイ転職】サバイサバイ人材の特徴とその後の行く末を探る

タイは「埋没」する国である。

宗教的な観点から、日本人が住みやすく馴染みやすいのが東南アジア文化の特徴でもある。

上座部仏教の「とりあえず気ままにのんびり過ごす〜」は日本人の文化観に似て等しいからだ。

現在、タイは海外に住む日本人が2番目に多く国である。

駐在員、現地採用、起業家、経営者、フリーランス、駐妻、タイ人ハーフ、交換留学生、ノマドワーカー、コールセンター、飲食店経営者、浮浪人、ガチでやばい系、などなど、多岐に渡る日本人が生活している。

そんな中で『仕事でタイに来て、埋没するように自堕落な生活を送る人』が一定数いるのも事実だ。これは駐在員、現地採用問わずで多発している。

俗に「サバイサバイ人材」である。

別に自堕落な生活が必ずしも悪いと言っている訳ではない。

実に動物的な生活をすることは、人間本来の生まれたままの姿に近しく、魅力でもある。

(つまり、睡眠欲、食欲、性欲を満たすためだけの生活)

しかしながら、大志を抱いてタイに来たが、図らずも埋没している人が多いのも事実である。

例えば、、、、



・駐在員として赴任するも現地で複数の家庭を持ってしまう人

・現地法人を勝手に作り、利益を巻き上げてしまう人

・金晩と土晩はカオサンの常連客となる人

・夜職のタイ人と仲良くなりすぎて抜け出せなくなる人

・「日本人」という優越感に浸り何も進歩がない人


などなど….

実に多様な種類の「サバイサバイ人材」がいるのが事実だ。

本ページでは、図らずもサバイサバイ人材になってしまいそうな人に向けて、私が見てきた「サバイサバイ人材の行く末」について語ることで身を引き締めていただくことを目的としている。

ちなみに「サバイサバイ=快楽、気楽」という意味である。

先に断っておくと、サバイサバイが必ずしも悪い訳では全くない。それぞれの働き方・生き方があって然るべきというの筆者の根底の考えである。

サバイサバイ人材の行く末

大きく3つに分かれる。

サバイサバイ人材の行く末

✔️ 自堕落な生活を続け定年を迎える

✔️ 駐在員とのギャップに苦しみ帰国する

✔️ とにかく転々と転職を繰り返す

それでは、詳しく見ていこう。

1. 自堕落な生活を続け定年を迎える

まず1つ目。

典型的なパターンがあっという間に定年を迎えるパターンである。

例えば、こんな具体例がある。

駐在員として赴任したAさん。

赴任当時は仕事への意気込みが高かったが、半年ほど経過すれば、仕事に慣れて、土日のゴルフにも慣れる日々となった。

社内調整さえすれば、仕事の成果は担保されるので、ゴルフと夜遊びに明け暮れる日々が続いた。奥様とお子様は日本にいるため、半年に1回程度しか顔を合わせる機会はない。

家族への感情も薄れ、タイで二つ目の家庭を作ってしまう。

もちろん夜職の女性だ。

日本の家族、タイの家族、様々な感情が蠢くなかで、大した仕事の成果も出せずに駐在期間は突然と終わりを告げるのであった。

日本に帰れば「タイの家族」と別れることになってしまう。

日本への帰国を避けたいAさんは、転職活動を行いタイに居座れる仕事を探すのだった。

給与や福利厚生は下がるがタイで安定した仕事は山ほどある。駐在員の経験を欲している日系企業は山ほどあるからだ。

結局、Aさんは取引先の駐在員として転職を果たす。

これで、最低でもあと5年はタイにいれる

転職先でも平日は社内調整、土日はゴルフの日々。タイは実に「サバイ」な生活が送れる国なのであった。

そんなこんなで定年を迎える事となる。

タイの定年は55歳で少し早い。もちろん駐在員の場合は60歳、65歳、中には70歳以上でも働いている人はいる。

Aさんもタイでの常駐を希望することにした。

駐在員としての社内調整スキルが買われ、駐在期間が伸びていくのだった。

…….





月日は流れ、御年75歳。

いよいよ身体もあまり動かなくなってきた。

土日のゴルフも土曜日だけで疲れてしまう。

日曜日はマッサージに通い詰める日々。

タイの家族も立派に育ち、もはやどちらが本物か分からなくなった。

そんな矢先に突然の解雇通告。

Aさんはタイの地で途方に暮れることになるのだった….


駐在員として赴任するも、このような人生を歩む人は実に多い。

もちろんご本人と関係者が幸せなのであれば、口を出すつもりは全くない。

それもまた、タイの良い所なのだから。

2. 駐在員とのギャップに苦しみ帰国する

次に二つ目。

駐在員とのギャップに苦しみ帰国するパターンだ。

具体例があるのでご紹介しよう。

現地採用として日本から赴任したBさん。

満員電車や残業に嫌気がさし、大学時代に一度だけ訪れたことのあるタイ・バンコクへの転職を果たした。

もちろん、転職理由は


『タイが好きだから』

である。

(残念ながら、タイが好きで転職する人は面接通過率は低い。参照記事はこちら。)

運良く、タイ転職を果たしたBさん。

意気揚々とタイに赴任し、仕事を始めた。

タイの生活は本当に楽しかった。

毎日が刺激的で新しいものばかり。

平日は18時定時ぴったりでタイ人と一緒にナイトマーケットに繰り出す。

タイ飯は安くて美味い。

腹一杯食べても日本円で1000円もしない。

おまけに毎日酒も飲める。

18時30分から飲み始めるレオ・ビールは格別にうまい。

21時からはお馴染みのナイト・クラブに行く。

「日本人」というレッテルだけで女の子も選び放題なわけだ。

そして、土日はパタヤや、ホアヒン、アユタヤといった観光名所にプチ旅行ができる。

こんな感じで、旅行気分が毎日続くのだ。

その上、タイでの日本人の印象はすこぶる良く、給与面も同年代のタイ人に比べれば倍以上する。

日本よりも生活レベルを引き上げることもできるのが事実だ。

繰り返しになるが、モテる。

なぜか、モテる。

大事なことなので、もう一度言うが、

モテる。

先人たちが築いた信頼があるのだろう。

日本で外国人がいたらモテる原理と一緒で、少数派は希少価値が高く、ちやほやされる。

タイ人女性からの猛烈なアピールに毎晩、忙しい日々が続くのだ。

ここは、天国か。

そんなこんなで、あっという間に半年が経過する。

仕事も慣れてきて、毎日がより楽になり楽しくなる。

そろそろキャリアアップを考え始めるようになる。

しかし「まだ半年だから良いか」と半ば諦める。

そして「サバイな毎日」が続くのだ。

サバイは続く

つづく、、、、

つづくよどこまでも、、、、、、、、

、、、、、、、、

、、、、、

、、、




といった感じであっという間に3年が経過した。

気付いたら30代。

タイ人をマネージメントする立ち位置に昇格したが、給与はほとんど上がっていない。

それもそのはず。

現地採用の給与は駐在員に比べれば、圧倒的な差があるのも事実だ。

(とはいえ、中小企業駐在員とアッパー現地採用の給与はさほど変わらなくなってきている)

そろそろ真剣にキャリアについて考え始めたBさん。

キャリア相談サービスなどを利用し、転職活動も並行して始めた。

海外就業経験が活かせる仕事を探すぞ!

ビジネスレベルの英語力が活かせる仕事を探すぞ!

と意気込み、転職エージェントとの面談に臨むのだった。

しかしながら、

現職での給与から同程度の年収が期待できる求人しか紹介されない….

例え、現地採用として10万THBを貰ったとしても、以下のような計算になる。

10万THB×12ヶ月+賞与3ヶ月分=150万THB

1THB=3.5円で計算すれば、525万円となる。

ちなみに、月額10万THBは1つの目標金額となる給与水準でもある。

で、駐在員はどんなに低く見積もっても1人当たり25万THB以上は会社は支払っている。
(日本円の給与、タイTHBの給与、住居、車、保険などなど込み)

中には、1人当たり100万THB / 1ヶ月というレベルもある。

この辺りの現実を知った者から、現地採用+副業や現地採用+起業といった方法を探しだすのだった。

Bさんもタイ歴4年目にして、ようやくこの真実を目の当たりにする。

そして、仕方なく年収500万円〜600万円クラスの求人で日本への帰国転職をするのだった。


いかがだろうか。

もちろん見方によれば「30代で年収500万円〜600万円あれば十分ですよ!」という人もいるだろう。

日本人の平均年収が415万円程度である点と比較すれば、確かに平均よりかは上である。

しかし、それで満足するのだろうか。

せっかく日本でのキャリアを止めてまで、タイ転職をしたのだ。

目指すべきは更なる高みのはずだ。

ちなみに、私自身の答えは「全く満足しない」だ。

今は、現地採用+起業を視野にいれて、ビジネスオーナーへの道を進んでいる。

ビジネスオーナーこそ資本主義の勝ち組だと思っているからだ。

3. とにかく転々と転職を繰り返す

最後に3つ目。

とにかく転々と転職を繰り返すパターンだ。

ちなみに③パターンは、最終的に①もしくは②に帰着する事になる。

日本での就活に失敗した、Cさん。

3年間のニート生活を終えて、タイで一発勝負するために赴任した。

3年ぶりのシャバの空気は、まさかのタイ・バンコクの排気ガス満々の空気だった。

しかし、文句も言えない。

新卒一括採用というレールから離脱した者は、二度とレールに這い上がることはできない。

まるでネズミ返しがついたレールだ。

日本社会の闇部分だが、こういった人が少なからずいるのは否めない。


タイに来たCさん。

まずは職探しだ。

タイで日本人の仕事を探すのは簡単。

とにかく転職エージェントに登録しまくれば良い。

タイ労働市場における日本人の希少価値はまだまだ高い。

Cさんもあっという間に就職が決まるのだった。。。。

日本では満足いく就職先を見つけるのが難しかったCさん。タイでは楽勝。

まずは広告の営業兼コーディネータとして就職した。

給与はなぜか5万THBを下回る4万THB。

まぁニート3年経験を踏まえて採用してくれた企業だ。

ここは我慢。

(BOI要件を満たす企業であれば5万THB以下で日本人を採用できるが、実際はBOI要件を無視して社長にキックバックしたり住居費などテキトーな嘘を付いて天引きしている企業も存在する)

しかし、4万THBは日本円にすれば、約15万円な訳だが、タイ人と比べれば全然高給取りだ。

タイ人の給与相場は、5年ほど経験すればようやく4万THBほどになるくらいだ。

Cさんも満足していた。

しかし、仕事はそう長くは続かなかった。

残業が半端なく長く、おまけに土日の出社も当たり前だったのだ。

休みは日曜日の午後だけ。

これでは、憧れのタイ生活とは全く違う…..

1ヶ月もせずにCさんは、仕事を辞め転職活動を再開するのだった。

ニート3年。広告営業1ヶ月。

さて、次はどこに決まるか。

半ば諦めかけながらエージェントに相談するも、まだまだ仕事はあった。

次は、コールセンターの管理職として4万THBで採用された。

….

..

「管理職!?」

ニート3年、広告営業1ヶ月の猛者がいきなり管理職採用……

これは裏があるに違いない。

そう、

まさにその通り。

管理職にすれば残業代が発生しないからだ。

コールセンター各社は「人件費を削減するために」タイに進出している。

人件費をコストとしか見ていない。

そんな事とは全くしらないCさん。

いきなりの管理職採用に舞い上がりながら、オフィスビルに出社したのだった。

「管理職としてマネージメントスキルを身に付けよう」

と意気込んでいたが、全く異なる環境だった。

管理職は、名ばかりで部下はいない。

コールセンターの職員が数人いる程度、実務は全て自分でしなければいけない。

無限に鳴り響く電話音の嵐だ。

1日ずっと日本にいる電話先のじいちゃんばあちゃんの対応だ。

これでは1ヶ月もすれば、精神がおかしくなる

そう感じたCさん。

今度は、仕事を続けながら転職活動を始めた。

転職活動は、退職前に行うのが鉄則だ。離職中の転職活動は企業側に主導権を握られやすい。弱みを握られては、まともに戦うこともできない。

この辺りの転職ノウハウが身に付いたCさん。

仕事をしながらの転職活動は大変だったが、土日の時間を使いなんとか内定を複数社からもらうことができた。

コールセンターを3ヶ月で辞めて、チェンマイという地域にある日系工場で働くことになった。

まずはオペレーターとして技術を身につけ、ゆくゆくは生産管理のマネジャーになる道がある。

不自由のないバンコクを離れるのは心苦しいが、チェンマイへ引っ越しをするのだった。


ちなみに、

補足情報だが、チェンマイは美女が多い。

チェンマイの仕事は珍しく順調に進んだ。

日系企業という事もあり、日本人が昇進・昇格しやすい環境であった。

ようやくまともな仕事で1年が経過した。

給与も6万THBに上がった。チェンマイというタイの田舎であれば、十分裕福に暮らせる金額だ。

仕事も遊びも順調。

これが思い描いたタイ生活だ!

順風満帆のタイ生活を楽しむCさんだった。




月日は流れ、いつのまにか40代。

この間もチェンマイの日系企業を3年〜5年のスパンで合計5社を経験した。

チェンマイの生活に飽きたCさんは、バンコクに戻る決意をしたのだった。

この時Cさん、41歳、在籍企業は合計7社。給与は7万THB。

そこまで上がっていない。

バンコクでの職探しは難航した。

20代、30代と異なり、40代となればマネジャークラスの求人がほとんどだ。

合計7社の在籍経験があるCさんは、残念ながらマネジャー経験がなかった。

いや、何ならずっと平社員だったのだ。

マネージメントの経験は、結局皆無だった。

ようやく見つけたバンコクの仕事も寿司料理屋の社員だ。

社員と言っても見習いに等しい。

給与は5万5千THBに落ちてしまった。

20代の若い頃に比べて、40代になれば周囲との比較をしてしまうものだ。

日本の旧友たちは、上司になり結婚をして家庭を持っていた。車を持ち、持ち家を買っている人もいる。

比べてCさんは、まだバンコクの賃貸暮らしだ。

保険代が必要なため家賃は抑えて月9000THB。

正直、40代でこの生活は辛く暗いものだ。



こうして、ようやくCさんは気付いたのだった。

タイに来たは良いが、何も成長しなかった自分に。

さて、いかがだろうか。

タイの労働市場の転職回数は多い傾向にある。

日本に比べて転職が一般的である要素もあるだろう。しかしながら、40代まで転々と転職を繰り返した人は、結局何も身に付かず、平社員が続くわけだ。

最終的には、周囲と比較することで、取り残された自分に気づき「人生の時間」という喪失したものに愕然とするのだった。





※本ページのコンテンツはフィクションであり実在する組織や企業に関連するものでは、、、、ありません。




本日は、この辺で終了です。

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