はじめに ▶︎

【生と死】善く生きるとは?人生に哲学的な視点を取り入れるには

『善く生きる』とは何なのか?

本記事では『生きる』という人生について思考した結果を記したいと思います。

本記事から分かる事

・『善く生きる』とは何なのか?
・『死』とは何なのか?
・生きづらい世の中でSurviveするマインドとは?


日常生活で辛く苦しい経験をした時に、ふと思うのかもしれない。

何故、こんなにも苦しいのに生き続けなければいけないのか?

日本の自殺率は世界6位。

日本は世界の中で第6位の自殺大国になっています。

お金や食べ物がなくて餓死する事よりも「自殺」によって死ぬ人が多い国です。だからこそ、ただ「生きる」ではなく『善く生きる』事が求められていると思います。

『生きる』は苦悩の連続。だがそれが『生きる』事

生きるとは何なのか?安易な考えとして『生きているから楽しい事をしよう』という人がいます。

勿論、理解は出来ます。誰だって楽しいのが1番です。
しかし、私はそうは思っていません。

生きる事は苦悩の連続である

『生きる』事は苦しい事や辛い事、悲しい事、どうしようもなく悔しい事の連続です。
しかし、苦しさの中にこそ『善く生きる』事があると思います。

理由は簡単です。

『苦悩の先に究極の楽しさがあるから』

簡単に手に入った「楽しさ」よりも
苦しんで悩んで悔しい思いをした上での「楽しさ」の方が遥かに心地良いんですよね。

上述した
生きているから楽しい事をしよう
と言っている人の深層心理は『楽をしたい』です。これでは「楽しい」ではなく「」です。

部活動をやっていた人なら分かると思います。

簡単に勝てる相手に勝ったところで大した嬉しさは在りません。何度も負けて必死に考え抜きどうやったら勝てるか考え練習した後に勝った嬉しさは何者にも変えられない嬉しさが在ります。

これと同じです。

簡単に手に入った「楽しさ」や「嬉しさ」はやがてそれらが当たり前に変わってきます。
逆に、死ぬほどの苦労をして得た「楽しさ」や「嬉しさ」に勝るものは在りません。

『生きる』事は苦悩の連続で在り、それを乗り越えた先に至高の楽しさがあります。

『生きる』とは苦悩の連続で在る。 それこそが『生きる』事であると感じる 『生きる』中で苦しい事や辛い事、どうにもならない悔しい事は沢山ある。だが、それを乗り越えた先に至高の楽しさや人生としての生き甲斐がある。 多くの悩みや多くの弱みを持つ者がより大きな強みや成功を成し遂げていく

私は必ず苦しい道や困難な道を選びます。


決して私がドMだから。という訳では在りません。笑

死は果たして恐れるに値するのか?

死ぬのは嫌ですか?
死ぬのが好きなんて言い出したらいよいよ自殺への道に進んでいきそうです

ほとんどの人が『死』を恐れています。

これは相対的剥奪説と呼ばれる理論で説明ができます。


相対的剥奪説とは?

現状の状態と期待している状態のギャップ(詳しくはこちら

まだこれではパッとイメージつかないと思います。

生きている間にやりたい事が沢山有ると思います。

「好きな人と旅行に行く」
「子供を沢山育てる」
「資産を増やして優雅な生活を送る」

まだまだあると思います。

これらの事が『死』によって未達成な状態で終わってしまう事。『死』がこれらのやりたい事を奪っていく。これが剥奪論の正体です。

『死』を恐れている唯一の原因です。

それでは逆に考えてみましょう。

やり残した事が無い状態だと死は怖くない

こう考える事が出来ます。

歴史上でも『死』を物ともせず自ら『死』を迎え入れた人が沢山います。

Steve jobsの「毎日、鏡の前で今日が最後の日だった場合やり残した事は無いか?」という言葉があります。

これを本当にやってる人って1000人に1人くらいでしょう。私もまだまだ実践出来てません。

毎日『死』について考える事は幸福度を上げるという調査結果も出ています。
イギリスのケント大学で実際に実験された内容は非常に興味深い内容になっています。

毎日10分~15分の間『死』について考える事でポジティブな気持ちになり幸福度が上昇する

自分が今この瞬間に生きている事に感謝する心が芽生えるという結果が出ています。

つまり『死』について考える事は実は私たちが追い求めている『幸せ』に対しての近道であると言えます。
しかし、多くの人が『死』について考える事を放棄しています。生きている時間がまるで無限に続くかの如く認識しています。

これが『生きる』事は苦悩の連続で有るに繋がると私は思っています。

つまり以下です。

多くの人が苦しいと思っている『死』について考える事で実は『幸せ』に近づく事が出来る

『善く生きる』事。これに尽きる

『生きる事』と『死』について考察しました。

その上で私が思う事は『善く生きる』事だ。

食欲・性欲・睡眠欲だけの生活を送ってはいけない。この世に生まれたからには他者や社会のため人類のために何かを必死に打ち込む事。これが善く生きる事になる。食べて寝て子供を育てるだけでは動物と同じ。歴史の偉人たちは常に一歩前を歩き思考し人類のために貢献してきた。そんな人生で在りたい

善く生きる』とは
社会や他者のために己の時間を使い精力的な仕事をする事だ


上述のTweetにも記載したが、現代で『ただ生きる』事は驚くほど容易い。
コンビニに行けばある程度食べ物にも困らない。アルバイトで食い繋いでいけばお金にも特段困る事ない。
最悪、生活保護を貰えば働かなくとも生きていける。

食って寝て適当な伴侶と子供を作って子孫を残す事はこんなにも簡単にも達成できる。
多くの人が豊かな生活や社会的地位を追い求めであるだけに過ぎない。

ただ生きる』事がどれだけ簡単な事かを理解して頂けたはずだ。

生きる事は実に簡単で『善く生きる』事は苦悩の連続である。だが、その苦悩の連続の先に人としての生き甲斐楽しさが存在している。多くの人がまだこの真実に気付いていない。

慌ただしい毎日に煩殺されている。今こそ『善く生きる』事を決めていこう。

「自分が死んだ時に何が残るか?」
「他者や社会・人類のために自分が何が出来るか?」


そう考える人が増えればもっと素晴らしい世の中になるはずだ。1人1人がSurviveする人生を生きていける。



それでは今回はこれで。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA